中津新聞

2019.02.19

商店街にとけ込むまちのプレイヤー|建築家・岸上純子さん


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今回の中津新聞は、中津商店街内の長屋をリノベーションした「SPACESPACE一級建築士事務所」の岸上純子さんのインタビューです。仕事の合間に自ら作業し、2年をかけたリノベーション工事の末に完成した一面ガラス張りの事務所は、商店街の通路からも中の様子が良く見えます。

そういえば、初めて中津商店街を通ったとき、ひときわ目立つこの事務所はなんだろうとつい覗き込んでいました。そもそも、なぜ中津のこの場所に事務所を開かれたのでしょう?



【これは出会いだ!】

中津との出会いは、岸上さんの学生時代にありました。大学の通学沿線でもあったこの地域の高架下の雰囲気が好きで、当時から度々訪れていたそうです。社会人となり、建築の専門学校の講師を始められた頃もよく中津で飲んでいたとのこと。今から10年ほど前のことですが、その時は今よりずっと賑やかだったそうです。

以前から、専門学校の学生たちと一緒にまちの活性化に取り組まれている岸上さん。「例えばプロジェクトとして町家の改修をやる。確かに一定期間運営もして活性化が出来るけれど、ずっとは関われないじゃないですか。そういう歯がゆさがあって、自分自身でまちのいいところを活かして元気にするプレイヤーにちゃんとなりたかった。それをやるなら中津かなってぼんやりと思っていました。」

とはいえ、実行するきっかけも特に無いまま、そろそろ引越ししたいなとネットで物件探しをしていた岸上さんに運命の出会いが。所在地は中津。「商店会費500円」と注釈が付けられた物件に、「あ、あの商店街だ!」と、すぐさま売主に連絡をとり、岸上さんの「そろそろ」だったはずの引越しはあっという間に決まりました。「これは出会いだな、と思ったんです」と振り返ります。



リノベーションを経てSPACESPACEとなるこの建物は、今から100年以上前の大正2年に立てられた長屋。この辺りに商店を営む人々が移り住み、中津商店街が生まれる以前から存在していた長屋群の一角です。いざ工事に取り掛かってみると寸法がバラバラの柱は所々腐り、天井裏にはネズミやイタチが棲み、作業は過酷な様相を呈したとのこと。運命の場所はかなり手ごわい相手だったようです。

しかし2年に渡る大工事の甲斐あって、完成する頃には岸上さん達と中津の住民はすっかり仲良くなっていました。商店街の通路に面したSPACESPACEの壁は、一面ガラス張り。通路に張り出した縁側のようなベンチは、事務所内部の棚から連続しているように見えます。

「ふつう設計事務所って、普段どんな風に仕事をしているか外からは良くわからない。それが見えるような事務所だといいなと思いました。あと、シャッター街って感じにしたくなかった。だから事務所のカーテンを閉めている時も、カーテンの外がショーウィンドウのようになって、商店街の表情を作れるようにしているんですよ。」





こうして店と商店街の間に境目のない、常に外と繋がった店構えを皆がつくってくれるといいなと語ります。以前にインタビューさせていただいた、中津商店街で駄菓子屋を営む福本道子さんも、にぎわい作りにおいて大切なことは内と外が緩やかに繋がっていることだとおっしゃっていたのを思い出しました。

 

【仕事にあらわれる、暮らしへの思い】

岸上さんと建築の出会いは中学時代。ある日の美術の授業で、先生が資料として教室に持ってきた建築誌に魅せられたのがきっかけで今に至ります。学生時代から建築や場づくりに対して独自の信念が強く、「おまえはサラリーマンってタイプじゃないな」と周囲から言われていたそうです。そんな岸上さんの、建築設計における思いも聞かせていただきました。



例えば、住宅を設計する時は、お客様に様々な可能性を提示して、相手の心の内にあることを少しずつ顕在化させて、十分に見える状態にしてから計画を作ります。もちろん建築家としての自身の美意識やこだわりはありますが、お客様との打ち合わせを大切なコミュニケーションであると捉え、決して自分がいいと思うからという理由で提案を通したいとは思わないのだそうです。互いの思いを持って歩み寄り共有し、バランスの取れる点が大きいものがよいプランだ、と。

一方、講師の仕事では、建築の視点からのまちづくりを教えられています。建築といっても、学生たちは課題の時間の多くを設計ではなく、チーム単位でのフィールドワークによる地域の調査に費やします。まちを調べつくした上で初めて、企画や提案が形を成していくのです。「建築設計に求められる能力が変わってきています。単に家やビルなどを造ってくれと言われて図面を描くのではなく、(まちの特性を知った上での)企画からできることが必要なんです。」

規模は違えど、住宅でもまちでも、そこに暮らす人の思いをまず汲み取る、という段階を大切にされているのですね。

 

【中津のまちづくりと今後の展望】

学生たちのまちづくり課題の最初の舞台となったのは学校の近くであった谷町でした。数年が経って舞台は福島区に移り、そして今から3年前、岸上さんの新たな拠点になった中津が対象となったのです。中津での1年目は、失われつつある「地蔵盆」の復活を主題とした企画が立ち上がりました。これは「夏ぼんぼり祭り」という名前で実現しています。2年目の開催では、中津の住民や同じく中津を盛り上げたい一般社団法人うめらくを交えた賑やかなお祭りとなったそうです。年が進むごとに、「自分たちだけでやるのではなく、もっとまちの人たちと一緒に、みんなの顔が見えるような取り組みを」と岸上さん自身もまちづくりについて学びながらの試行錯誤を続けられてきました。



今後は「防災で何かやろうかなと思います」という岸上さん。防災といっても、これに大きなこだわりがあるわけではありません。防災や安全と言った「やらなければいけないけど、面倒臭いこと」が、まちのコミュニティにとって必然の要素であり、それをいかに皆で楽しくやるかにまちづくりの鍵があると考えているそうです。

「安全」の観点で中津を見てみると、住民として感じる課題があるそうです。中津商店街のどこか芸術的にも感じる、破れたアーケードとレトロな建物がもたらす静かな空間は、住民の方からすれば安全・防災上好ましくないものであったり、また中津に興味を持って外から訪れる人々は、時に住民の方からすると得体の知れない怖い存在として見えます。

まちづくりを教え、中津で職住一体の暮らしをする岸上さんは、まちの活性化には今までと全く違ったものを上から被せて非日常にするのではなく、既にあるまちの魅力ある日常に、ちょっと要素をプラスする程度がいいと言います。まちにはそれぞれの見え方、見せ方があり、既にある「いいところ」を見つけ、引き出して伝えていくことが大切なのだと。

代々その場所に住む人と新たに可能性を感じて移り住む人達それぞれが安心して、一緒に良い変わり方をしたい。かつて賑わっていた中津商店街にあった要素を今の時代にあわせた形でちょっと取り戻せばすぐにまた賑わうのではないか、と岸上さんは言います。



そのまちのどんな所に魅力を感じるか、また今後どうなって行って欲しいのか、という意識は人それぞれで違い、世代が幅広くなるほど、人が増えてにぎわうほどに多様化していくのだと思います。そのため、全ての人が同じくらい満足できる案というものは現実には存在しえないものなのでしょう。

だからこそ今回岸上さんに聞かせていただいたように、皆が互いの思いを知り、それぞれができる限りで歩み寄れる着地点を大きくしてゆく取り組みが、まち独自の文化を守りながら時代にあわせて進化してゆくために大切なのだと感じました。

 

文/中谷 美紗子(中津新聞)


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